9月 29, 2003
お葬式
結局、朝まで起きていて7時くらいにこてっと寝ました。
でも、ぐっすり寝れなかったので2時間くらい寝たふりをして起きました。
今日は葬儀の日なのですが、この前買った冷蔵庫と洗濯機の到着をまず待ちました。
家電総入れ替えですこぶる嬉しいはずなのですが、うまく喜べないまま冷蔵庫と洗濯機が到着しました。
ひとまず、いろんなことを忘れて、セッティングしました。
冷蔵庫は一回り大き目のまっしろいやつでキッチンが明るくなりました。前の冷蔵庫は張ってあったシールの粘着部分が溶けてどろどろ流れ出てたのでひろすえにいつもバカにされていましたが今度のは自慢できそうです。
洗濯機も、強いものが来て、毛布も洗えます。
ひとまず、この日のために溜め込んでおいた洗濯物を一気に洗濯しました。洗濯槽には穴がないカビゼロタイプですのでぐいぐい洗えます。
どれもこれも真っ白。お部屋は明るくなって、洗濯物もくるくる干せたのですが、一息つくとため息でした。
そんで、おうちのことをすべて終えて、着替えて葬儀に向かいました。
何を持っていけばいいのかよくわからなかったので、ひとまず思いついたものを黒いかばんに入れて行きました。
歩くのもヒーヒー言ってるくらいなのでタクシーでひとまず向かいました。
もう、うんともすんとも言わなくなってました。
死因は左下腹部の強打によるものとかなんとか言ってましたが、そこら辺はあんまり覚えてません。よくわからないからです。
なにか担当の人にいろいろ言われましたが、あんまりよくわかりませんし、寝てないので頭も働きませんでした。
もう、どうにでもなれと思いましたが、なんとかがんばれました。
途中、ぺっちゃまとジョナサンでお昼ご飯を食べました。
座ったら落ち着いてしまって、どっぷり横になって、注文したものが来るまで横になって寝てました。
ぺっちゃまも自分のらくたんぶりにどんよりなってました。
生きているので腹は減るので、食事をしてこれから先とかの話をしました。本当に途方にくれてきたので、また横になってどんよりしました。
そんで、孝&光から電話があって、一部始終を告げました。あまり面識がないのですが、ありゃりゃーと言ってました。そんな、ありゃりゃーくらいでは済まされません。
そんで、担当の人から、電話があって、コーヒーを飲んでダバダバ戻りました。
ドラマのパクりではないのですが、本当にこんなに小さくなるもんだなぁと思いました。
小さな箱の中に入ってました。もう、どうしようもないので僕も「ありゃりゃー」と思うことにしました。
そんで、いろいろ今後についてを話しまして、どうもありがとうございましたと言って帰りました。
こういうときになんですが、お金はびゅんびゅん飛んでいきました
帰りにおけつも仕事帰りで合流しました。
寝てなくてダルダルなのに、おけつはバンバン元気でした。
accessのライブに行ってからずっと元気だそうです。
夏以来、おけつのこのテンションは見てないので、うひゅうひゅ僕も元気になりたかったのですが、どうしても元気が出ませんでした。
ひとまず、生きているので生活しなくてはと思ったので、ホームセンターセキチューに行きまして生活雑貨を買いました。
帰りに、フレッシュレスバーアーガーで食べたのですが、元気なおけつひろみはもりもり注文してて、ぐったりしてる僕はバナナケーキとチャイだけした頼みませんでした。
おうちに帰って、生きているので寝ました。
9月 28, 2003
死にました
朝起きて、今日はやっとこさお休みと思いきや、両親(孝之と光枝)に呼び出されてたので、上大岡に行きました。
夢大岡は今年で7周年。
そういえば、この夢大岡ができたとき、僕は千葉から帰ってくる途中でした。
制服を持って、週末からずっととあるところに入り浸っていたので多分千葉にいました。結構、鮮明に覚えていたりします。
日曜日の夜中にブーンって車で千葉に向かいまして、そんで、実家というのに上がりこんで、サーフボードの大きさに驚いたりして漫画を読んでコソコソと風呂に入った覚えがあります。電球も切れかけててくらい部屋に閉じ込められた感いっぱいでした。
あれからもう7年も経つのです。オレンジ(これ、あだ名)も今では立派な麻布十番の王子になってるみたいですが、まったく知りません。
そんで、お昼すぎに起きて京浜急行に乗って寝て、三崎口まで無駄に行って、横須賀学院へは行かずに、帰宅して夢大岡で夢見てました。
そんなオレンジの思い出を思い出しながら、孝&光の待つ上大岡に行きました。
孝&光はかれこれ岡山から上京してきて2週間くらいこっちにいます。
しかも、今回は無期でいるらしいんですが、何を考えてるのかわかりません。
元気そうでなによりですが、私は疲れと思い出でげんなりしてました。
そんで、ふにふに買い物を悪どい家族でしまして、僕のキャッスル、クイーンダムルピナス404にきました。
すんごい久々きたので、家具とか豪華になって驚いていましたが、部屋のニコチンとか日焼けにも驚いていました。
そんで、新しいマッキンとかベッドとかクルクルまわる電気とか見て、どうでもいい話をしました。
光はDVDがほしいといってました。孝の方は、部屋のものをいろいろ物色するのでやめてくださいと言いました。
そんで、せっせと孝&光は帰りまして、来月に向けてのバックアップとファイル整理と思ったのですが、いきなり僕の親友が死んでしまったことを告げられました。
唖然となりました。死亡は金曜日だったのですが、どたばたしてたせいで今日はじめて気づきました。
まえまえから「死ぬ」とか「もう死んでいいや」とか漏らしてたのですが、まさか本当に死ぬとは思いませんでした。
もっと早く知っていればもっとうまく動けたのにと思ったのですが、こうなってしまったら、どうもこうもしようがないので、ただボーっとしてモーっと叫んでみたり床にはいつくばってみたりして、取り残された僕はどうすればいいのか、本当にわからなくなりました。中島みゆきのわかれうたにもあるように、「取り残されて戸惑うものたちは、追いかけて、焦がれて、泣き狂う」。まさに。
そんで、どうにもこうにも泣き疲れてしまったので、ヒーヒーいいながらマッキンをつけてダルダルしながらどうでもいいインターネットをしました。
途中、携帯電話に「エロを逃がした」となにわのシンロックからメールがあって、一部始終を告げて、僕も死ぬよって言ったら僕の掲示板に励ましの言葉を書いてくれました。
いや、励ますというか、なんというか、僕の好きなキラキラした書き込みでした。
なんとかそれで元気をとりもどして、がんばりましたが、行く先がとても不安なので、眠れないまま朝を迎えました。
9月 27, 2003
乳姉妹としゃべりすぎました
なにげに4連休あけて今週すべて終電近くで帰ってました。
さすがに遊びを兼ねているとはいえ、さすがに疲れました。
こってりして寝てたら姉から電話があって呼び出されました。施設に行きます。というか病院。夏あたりから訪問している松本君が尿道つまったから入院してるみたいです。「ぼくのねこちゃんと同じ病気かしら」と安易な考えしかできないままセンター北に向かいました。
疲れ爆発でだらだら電車に乗ってセンターに到着。お腹も空いたのでマックを久しぶりに食べました。
そしたら、お向かいの非喫煙席にイケメンサラリーマンが座ってて終止凝視しました。
疲れている時は行動が露骨になるのですが、サラリーは周りを気にせず、ソフトクリームをもりもり食べていました。ソフト+ポテトをほうばるほうばる。面白いくらいの食べっぷりに疲れ果てた体の当方は口をあんぐり開けたままその食べっぷりを観察しました。結局ソフトクリームを口の回りに一杯つけてポテトをほうばり、ハンバーガーをほうばり、ジュースをごくごく飲んでいってしまいました。
スーツでお口の回りにソフトクリームつけるというのは、なんともエロスだと思ってると姉が来ました。
口半開きで半笑いからすぐに復帰できずに会いました。
そんで、病院の場所が分からないのでビジネスアイテムのFOMAで調べあげたらまったくセンター北から遠い事に気が付いて乳姉妹はあぜんとしました。
結局、地下鉄に乗って、新横浜まででて、乗り換えて、日吉に行きました。なんともめんどくさい移動なのですが、いつもの3倍くらい放言まるだし、声の大きさもいつもの倍でした。それは乳姉妹は疲れている証拠です。
やっとこさ日吉について、タクシーに乗って病院に行きました。
病院に着いても乳姉妹の話はエンドレス。しかも病院がうんことしっこと麻酔などの臭いですんげぇくせぇの。
においに敏感なあなたの犬の当方は軽く失神を繰り返しながら病室に到着。
松本ちゃんは以外にも元気ですが、病気になったとこが神経ブロックされているとこなのでなんもわからんのかなと思いました。
こう思えるのも、こういった障害者になれてきたのかなと思います。駄目かな。
そんで、たわいもない話をロビーでして乳姉妹疲れ果ててるっため、お口から放言オンパレード。
多分松本ちゃんは理解できる言語ではありませんし、なんでこんなに乳姉妹ふたりともすごみのあるしゃべり方なんだろうと思っていた事でしょう。
途中、松本君のおしっこタンクが一杯になったので、乳兄弟は病院を散策。
「ひでー、あんたええもんあるでー」
の一声でだばだば行ったら、体重計と身長計がありました。
おそるおそる二人とも身体測定しました。ちなみに姉は今年36歳、当方今年で25歳です。
恐いながらもまず、体重計に乗りました。
「58キロ」
減ってます。やったね。いつも60キロと行ってた自分ですが、コレからは55キロとサバを読めそうです。
しかし、身長を測りましたら
「162.5」
これは見なかった事にしましょう。どこかの169センチも測ってやりてーと思ったのですが、次は姉の番です
「48キロ」
軽
身長は同じ位、というか今回の測定では姉の勝ちでした。
病院は臭いので、ひとまず退散。
目の前にある「プクプク亭」という洋食屋に場所を変えても乳姉妹の話は続きます。ぺっちゃまも昔言ってたのですが、おまえらの姉妹は友達みたいでいいねという事ですが友達でもここまでしゃべれませんかもしれません。店子同士みたい。
そんで、腕の筋肉の話とか、胸は肉が落ちると言う話とか甥っ子の話とかどうでもいい話をえんえんとしました。
食事もおいしく食べれましたが、最後の最後にたのんだコーヒーの砂糖の中にお虫が入っておられました。
姉はおえぇといって灰皿にぽいっちょ入れて、吸ってたタバコでジュっと焼き殺しました。
さすが、乳姉妹。
そんで、食べ終わったので、マイクロバスに乗って日吉に帰りました。
日吉についてもまだまだお口は止まりません。
電車もマナーモードどころかうるさいくらい話して僕はまたしても反町で降りて帰りました。
日頃の寝不足と疲れで、やはり一人になるとどっぷり来るものです。
だばーだばーとひきづるようにまた、ホモ公園経由で帰りました。
家に帰って、日記とか掲示板の返事をしようと思ったのですが、それもだるくてヘルシアを飲んだら、夜中の2時くらいに創作の神様が降りてきてしまって、ぺけぺけ製作しました。
そんで、撮影とかスキャンとかいろいろしてやっとこさ完成。ていうか、朝が来たから諦めました。
そんな時間に作ろうと思ったのは「ザーメン」です。
アッポすぎると思ったのですが、わざわざガラス板とコーヒーミルクとスタディのオイルを綿棒でかき混ぜてまだら色になったら、なんとまぁそっくりくり。
そんで、すこぶる愉しくなって、なんにぶっかけようか考えて、まず、賛美歌に載ってるマリア様にガラス越しにぶっかけてエロスをひとりで感じてあわわあわわとなってたのですが、どうにもこうにも解像度が低いので、ムキーっと怒って、最後に自分の顔に「顔射」とか言って塗りました。朝日が見える頃でした。
本当に変態になってしまったと心から思いましたので、こんど、おしりになんか入れるやつを試してみたいです。

※時間が経つとまだらがなくなってリアルさにかけるところは次回から気を付けた胃です。